ミツワタ
扉の向こうにあったもの。
それは勇気と願いを試す冒険だけではなかった。
帰ってきた僕達だけが知っている。
運命を変える旅はまだ続いていた。
これは僕達の……冒険の続き。
この時の僕は幻でも見ているのかと思った。
だって美鶴はヴィジョンで死んだはずだった。
さっきカッちゃんに「美鶴に」って言っても「誰だそれ?」って返されたから、もう美鶴の事を覚えているのはこの世界で僕だけだと思うと……悲しくなった。
でも今、目の前に美鶴がいる。
知らぬ間に滲んだ涙が頬を伝うのに時間は掛からない。
「美鶴っ!」
迷わず美鶴をきつく抱き締める僕に、後ろにいるカッちゃんも綾ちゃんもきっとびっくりしてるだろう。
多分美鶴も呆れてる。
でもしょうがないんだ。
今の僕にこの感情を表わす方法はこれしかないんだ。
「あ〜あ、何て顔してるんだよ?」
美鶴の抑揚のない声が耳元で聞こえてきて、僕の涙は更に激しく零れ落ちた。
夢じゃない……夢じゃないんだ!!
「ただいま……亘」
耳元に届く美鶴の声に笑いが含まれている。
顔を上げると微かに微笑む美鶴がいた。
やっぱり僕の涙は止まる事はなく、それどころかしゃくり上げてわんわん大泣きしてしまった。
困ったな。まだ登校したばっかで一日の始まりだってのに……。
きっと僕は今日一日凄く腫れぼったい目で過ごす事になるんだ。
みんなからからかわれて、先生からもイジメにあってるのかとか疑われて。
でも、でもだってしょうがない。みんな美鶴の所為なんだ。
こんな予想外の奇跡……女神様からのプレゼントなんだよきっと。何のプレゼントなのかは知らないけど。
美鶴と話しがしたい。……けどやっぱりと言うべきか、当然と言うべきか。
美鶴の周りには女子が群がっていて、とてもじゃないけど美鶴の席に近付ける雰囲気じゃないよ。
ヴィジョンに行く前もモテてたし。
何より今はクールな中にも穏やかな眼差しがある。
それでいてあの顔じゃあね……女子が騒がない訳ないよ。
あーあ……やっぱりまたダメかぁ。
それこそ休み時間毎に美鶴の教室に通ってるのに、ちっともチャンスがない。
結局あの後わんわん泣いてる俺は、美鶴と共に先生達からの詰問攻めに遭い授業開始時間まで離してもらえなかった。
いつこっちに戻ってきたのか。第一どうやって戻って来れたのか。美鶴の運命は……どうなったのか。
聞きたい事は山程あった。
「はぁ…………」
教室に戻ってきた僕のおっきな溜息に、カッちゃんが話しかけてくる。
「なんだよ亘。休み時間なる度どっかいなくなると思ったら……お前あの転校生と知り合い?」
「知り合いってゆーか」
友達なんだけど……色々突っ込まれても困るしなぁ。
「……うん。そんなもん」
「はぁ? どっちなんだよそれ」
カッちゃんは笑いながら言うけど、僕としては複雑だ。
ヴィジョンでは、美鶴の死に際だったとはいえ、僕達は確かに友達になれた……と思った。
でも美鶴はどうなんだろう? 僕の事どう思ってるんだろう?
本当に……友達に……なれたのかな。
「なんなんだよ〜! 落ち込んでたと思ったら急に悩み出して」
「あっ……ごめん」
カッちゃんそっちのけで、グルグル悩んでる僕に痺れを切らしてしまったらしい。
美鶴……友達で、良いんだよね?
美鶴と話せない……。
ていうか取り付く島がない。
………………なんで? なんで美鶴は、そんなにモテるんだ〜〜〜!!!!
美鶴が隣りのクラスに転校してきた日から次の日も次の日もその次の日も、全然近寄れないんですけど。
だって黄色い声がバリアーのように立ち塞がって、声すら掛けられないんだよ。
いったい僕はどうすれば…………。
「亘、お前最近暗いぞ〜?」
「カッちゃん……だって美鶴に声掛けられないんだもん」
「ああ…………すげぇよな。隣りのクラス。つか他のクラスや学年からも、休み時間に芦川の事見に行ってる女子いるんだろ?」
「らしいね」
「隣りのクラスの奴らが、ピンクのオーラがウザってぇってぼやいてたなぁ」
「だろうね」
「あれだけ騒がれると芦川の奴もうっとおしくてしょうがねぇだろうな」
「かもね」
「…………オイオイ、亘〜。相槌が適当だぜ〜? 何だよ、友達甲斐のない奴だな」
カッちゃんがおどけたように肩を竦めた。
多分僕を励ます為に色々話しかけてくれたのに……僕………………何やってるんだろう。
「ゴメン……カッちゃん」
「まぁお前の気持ちも分からないでもない。せっかく知り合いなのに話しかけられないなんて、なんつーかさ、こう……モヤモヤした感じでちょっと気持ち悪いよな? だからぁ〜」
カッちゃんが僕の肩を抱いて耳打ちをする。
僕はその内容に目を見開いて固まった事は言うまでもないと思う。
本当に……こんなんで上手くいくのかなぁ。
「いいか、亘? しっかりやるんだぞ」
「う……うん」
まだ早い朝の登校時、学校から程近い塀に隠れて僕とカッちゃんがじっと機会を狙って張り込んでた。
作戦名は『ドキ! うかれぽんちな女共の王子様強奪作戦☆』だった。だいぶカッちゃんの私情が入ってたけど、そこはあえて突っ込まないのが友情だと僕は信じてる。
「チャンスは一度きりだからな? 失敗したら次はないと思え」
「だね?」
僕とカッちゃんはお互いの顔を見合わせて笑った。なんだか昔したイタズラとかを無意味に思い出してしまうのは何故だろう?
不安半分に嬉しさ半分。ちょっとワクワクしてきたのは、僕一人で決行するんじゃなくてカッちゃんも共犯だからだと思う。
うん…………大丈夫。僕には心配したり、協力してくれる友達がいる。
何だかビジョンにいた頃を思い出す。みんなで一緒に世界を救う為に力を合わせた事。キ・キーマやミーナ、カッツさん達元気かなぁ?
あの日から大して時間は経ってないはずなのに、無性にビジョンのみんなに会いたくなった。
変わらないままの……優しいまんまのみんなでいて欲しい。
あの時僕らは確かに仲間だったんだ。
「オッ!! 前方にターゲット発見」
僕が思い出すまま懐かしんでいると、不意にカッちゃんが小さく声を上げた。
「行くぞ! 亘!!」
「うん!」
この数日、美鶴が友達らしい男子生徒と歩いてる姿を見た事が一度もない。
早く美鶴にも分かって欲しい。仲間や友達がいる温かさ、美鶴にも早くこっち側に来て欲しいんだ。
もう……もう二度と一人で色んな物を抱え込まないで欲しい。
単なる僕の思い上がりかもしれないけど……たくさんの女の子に好意を持たれて囲まれてても、きっと美鶴はまだ独りなんだ。
だから…………美鶴を救う為に僕はまた、最初の一歩を踏み出した。
ビジョンへの扉を開けたあの時と同じように。
「美鶴〜〜〜!!」
僕が大声で走りながら美鶴に向かって走り寄ると、美鶴はやっぱり驚いて振り返った。
ついでに美鶴の周りにいる4人の女子も一斉にこっちを向いた。
僕は走る速度を緩めず、そのまま美鶴の手を掴んで一気に走り抜ける。
「え……? 亘!? うっ、うわぁッ!」
女子達は呆然としていた。そりゃそうだよね……。
「あ……芦川くん!?」
一人が我に返って僕達を追いかけようとした時――――。
「ちょっと待ったあぁぁぁ!!!」
カッちゃんが彼女らの前をブロックした。
「ちょ、ちょっと小林! どういう積もりよ!? あんた達何で「どういう積もりもこういう積もりもな〜い! 俺は亘と正義の味方だ!!!」
「はぁ? あんたバカじゃないの? 話しになんないわよ。どうでもいいから早くそこ退きなさいよ!」
「そうはいかない! ここ数日のお前達女子の悪行……しかと見届けた。よって裁きを下〜す」
「「「「何なんのよ! 悪行って!!?」」」」
カッちゃんと女子4人が言い争ってたけど、僕は脇目も振らずにただ無心に学校内のある場所へ向かってひたすら走り続けた。
ゴメン……カッちゃん。ありがとう。心の底から、自ら犠牲になってくれたカッちゃんに合掌し、僕はスピードを上げた。
「はぁはぁはぁ……わ……亘ッ。ど、どこまで行くんだ?」
「ゴ…………ゴメッ! あと少しだから」
そう言って強く握り締めていた美鶴の手を一層強く握る。
美鶴と手を繋ぐのは始めてかもしれない。
もっと冷たいのかと思っていた彼の手は、指先に至るまでしっかりと温かくて……改めて僕は美鶴の命が確かにここに存在しているのを実感した。
To
be
continued
現在この続きはweb拍手お礼文にて連載中です。更新すると同時に古い文章はこちらに引き上げていますので、拙い駄文で申し訳ありませんが、宜しければご覧ください。