雨上がりの午後は

ロイエド



「大佐ー!! オレ今晩ここに泊まるから、よろしく」
そう言いながら部屋にズカズカと入ってくる金髪の子供……いや、鋼のの背中を暫し呆けたように見つめるしか出来ない私。
深夜と呼ぶに十分な時間、迷惑極まりないチャイムの連打に、不快感丸出しでドアを開けた私に届いた第一声がそれだった。
忙しすぎる日々に追われ、部下に恨まれつつもやっともぎ取った休日の前夜……正に就寝寸前に舞い込んできたコレを幸運と取るべきか、災いと取るべきか。
「は…………鋼の?」
「つーか大佐〜? ここん家は客に茶も出ないのかよ?」
コートを脱いでソファにどっかりと座った鋼のが、子供らしい不遜な笑みを浮かべながら私に言い放つ。
「こんな時間にいきなり来て茶もなにもあるか!? ん…………鋼の、一人なのか? 弟はどうした?」
「ん〜…………宿に置いて来た」
…………落ち着け、落ち着くんだ私。
「ケンカでもしたか?」
「うるせー! 子供扱いすんなよな」
恐らく図星だったのだろう。向きになって突っ掛かるところが子供っぽいと言ったら、余計怒らせてしまうに違いない。
「アルは関係ねぇよ」
関係ない訳あるか。君にとっての一番は弟だ。そして弟にとっても…………。
「夕食は? ……と言ってもこの時間じゃどこの店も……」
「軽く済ませてあるからお構いなく。このソファに毛布さえ貸してくれれば朝には勝手に出てくから」
「バカな事を言うな!! ちゃんと風呂にくらい入れ。そんな小汚い成りで私の家から子供が出て来たなどと、ご近所さんに知れでもしたら――――」
「小汚い子供?」
「身寄りのないストリートチルドレンを引っ張り込んで、一体何をやっていたんだと噂され、、軍内で変態のレッテルを貼られるだろうが!!! しかもホモでショタ……」
パンッ。
軽く両手を合わせる音と共に、私の足元から何かが生えてくる。
……いや!? 生えてるんじゃない。鋼のが錬金術で床を何かに錬成したんだ!!
寸でのところで身を翻す私を、怒りに打ち震えた彼が睨んでいた。
「い……言い方が悪かったのは認める。だが錬金術で攻撃してくる事はないだろう!?」
「小汚い子供が夜分遅くに邪魔して悪かったな!!」
そう言い捨て私に背を向ける彼の腕を慌てて掴むと、強い光を湛えた瞳が再び私を見据えてくる。
強い光、強い意思……。何者にも破られないで欲しい彼の強さの源が、今私だけを映し出している。
「何だよ」
思わず掴んだ手をそのままに、彼の瞳に見惚れていると、不貞腐れた声音ですぐ現実に引き戻された。当然だ……鋼のの自尊心を傷付けたのは私の方。だが、このまま帰す訳にもいかない。何か理由を……。
「こ……このままにして行くな!私は炎しか使えないんだ。部屋をこんなにされたままじゃ――――」
鋼のの瞳がみるみるうちに激怒を表すソレへと変化する。まずい……これじゃあ彼の感情を煽るだけだ。
「いや、違う!!! そうじゃなくって……悪かったと言ってるだろう。少し落ち着け」
「…………手ェ離せよ」
「き……君が落ち着いて座るなら離す」
「突然来たオレの方が悪かった。迷惑だったんだろう……?」
「だからそうじゃない!! とにかく落ち着け」
鋼のは一歩も引き下がらないと言わんばかりの勢いで、私の言葉に喰って掛かっているが、私だって引き下がる訳にもいかない。双方睨み合う沈黙の時間がやけに長く感じる。
「分かった……だから離せよ。痛ぇんだよ」
暫し続いた睨み合いの果て、鋼のは拗ねたように私の手を振り払った。
そう言われて、私は初めて自分が鋼のの腕を力一杯握っていた事に気付く。彼の左腕を……。
無言で錬成してしまった床を元に戻すと、憮然とした表情のままソファに座り直した彼と向かい合うように座る。
「さっきのは全面的に私が悪かった」
「ん…………」
納得はしていないながらも、謝罪は受け入れているらしい。
「……何で私の所に?」
「…………こんな時間に女との予定でもあったのかよ? やっぱ他の――――」
「イヤ、だから良い!! いてくれて構わん!!!」
冗談じゃない!今鋼のは顔には出さなくても、精神的に弱っている。こんな状態でフラフラどこの誰とも知れん男に捕まろうものなら…………。
本来男の子である鋼のに、抱く心配事でないのは私自身が十分熟知していた。しかし、今ここは私の部屋で私のプライベートの時間で、私情を挟むなと言う方が無理な話だ。
「な……何だよ」
先程とは別の気迫で引き止める私に、鋼のが目を丸くする。
「あ、いや……すまない。本当に、いてくれて構わないから」
「そうか?」
「その代わりちゃんとベッドを使いなさい。ただでさえ根無し草な旅を続けているんだ。さっきも言ったがちゃんと風呂を使ってベッドで寝たまえ」
鋼のは一瞬キョトンとしながら、部屋の中を見回して言う。
「この家……客室があるようには見えないけど?」
もちろんベッドは一つだけしかない。当然だ……。寝る為だけのような部屋に、誰かを招き入れる事など想定していない。
「君が寝室を使えばいい」
「大佐は?」
「私はこのソファで寝る」
「別にそこまで――――」
「家主の私がそうしろと言うんだから、そうしなさい……大人のいう事は素直に聞いておくものだ」
「曲がりなりにも、だろ?」
「とにかく風呂に――――」
「ハイハイ……分かった分かった」


あんな子供相手に、何をうろたえているんだ。私は……。
鋼のがバスルームを使っている間、自分の中の動揺に整理を付けていた。
あんなに必死になって引き止めていたのは、もちろん下心が絡んでいる他ない。別に今すぐどうこうしようという気があった訳ではない。
が!! ……それでも彼がこんな時間に自分を頼って来てくれたという事実が嬉しくならない訳がない。
女性だったら手っ取り早く口説いてしまえば良いだけだ。だが、相手は女性ではない……しかも鋼の錬金術師だ。子供とは言え国家錬金術師の彼を口説こうものなら、どうなるかは火を見るより明らか。
何より国軍大佐たる私が、鋼のに言い寄ったとなれば、軍のスキャンダルになる事も免れない。女性とのスキャンダルなら数知れぬステータスとしてきたこの私が……何とも情けない話だ。
何故君はよりによって今夜ここに来た?
イライラ、ソワソワとまるで出産に立ち会う夫のような心境で、一人考えに苛まれていると、シャワーの水音が止まった。
合わせたようにビクンッと私の心臓が大きく跳ね上がる。
やがて細やかな心音が、静まり返った室内を支配してしまうのではないかと思われる程長く感じた時間を、キィッと軽く軋む音が打ち破る。
「大佐〜出たぜ」
「…………ちゃんと髪くらい拭け」
出来るだけ抑揚のない声で答え、私が鋼のの頭に引っ掛けてあるタオルを手に、ガシガシと力任せに拭くと、彼は眉根を寄せ嫌そうに睨んでいた。
「ガキ扱いすんなって言ってるだろ」
言葉の割りに大人しく身を任せているのは、少なくともその程度は信頼されていると思って良いのだろうか?
「だが私よりも一回り以上子供なのは事実だろう?」
それでも彼は聡い子だ。
一層眉間の皺を深く強い眼差しを向ける彼に、私はいつこの気持ちが悟られやしないかと内心冷や冷やしていた。
「そんなの……分かってる。て言うか逆に言えば、オレより一回り以上大佐はオッサンって事になるよな?」
「そ、それは屁理屈というものだろう」
強いフリなんかしないでくれ。
「もう寝る。じゃあ、本当にベッド借りちまうからな?」
頼むから……そんなに無防備な姿を晒さないでくれ。
「ああ……おやすみ。鋼の」
頼むから、いつもの強い君を早く取り戻してくれ。これ以上私に君の弱い部分を見せないでくれ。
相反する二つの想い……君の弱さを知りたい私と、どんな時でも強い君であって欲しいという気持ちが綯い交ぜになって私の私の中で交差する。
私は……どうすれば良いんだ?


きっと眠れていないんだろう。寝息らしきものが全く聞こえない。
かく言う私ももちろん眠れない。寧ろこの状況下で眠れる男がいるんだろうか?いるとするならよっぽどの忍耐力を持ち合わせているか、ただのバカだ。
衣擦れの音がするだけで、私は全神経をベッドのある方に向けて気配を探った。鋼のが寝返りを打ったのだろう。さっきからその繰り返しだった。
気にせずに……いられない。
「…………大佐、起きてるか?」
「な、なんだね?」
しまった!! 動揺が声に出てなかったか!?
「悪ぃ。やっぱオレ戻るわ」
振り返れば、彼は身を起こして解いていた髪をいつものように三つ編みに結っていた。
「こ……こんな時間にか?」
来た時同様突然すぎる。
「ああ」
彼は一度決めたらそうするんだろう。それは過去の経緯からも分かっている。
でも…………。
「せめて朝になってからでも」
「……いや。突然邪魔して泊めてもらったのに、悪かったな」
バツの悪そうな顔で微笑んだ後、彼が私に背を向ける。手早くコートを羽織ながらドアノブに手を掛けた瞬間。
「エド」
振り返った鋼のの瞳は、先程のような怒りを湛えたものではなく、不思議そうに私を見上げていた。
無理もない……。滅多に呼ばぬ名で呼んだ。
彼の側にそっと近付きその手を引いた。
「気をつけて帰りなさい……」
言葉と共に、実に自然を装って…………彼の額に口付けを一つ。
「な……ッ!?」
鋼のが目を丸くして私を見つめている。心底驚いているに違いない。実は私も驚いている……。だがこの事は君にも教えてあげられない。
「おやすみのキスだよ。君も幼い頃は母親や弟にしていなかったのかね?」
「アンタ、とことんオレを子供扱いする気かよ?」
驚きに満ちていた瞳は、苛立ちを色濃く滲ませ私の目を尚も真っ直ぐに見上げてくる。
「子供扱いを……しなくても良いのか?」
「?」
「子供としてでなく…………触れても良いと?」
僅かに顔を近付けると、また額に口付けられると思ったのか咄嗟に両手を額に当てる。
大人びて見えてもやはり子供だ。甘い…………。
「!?」
額よりももっと下……唇に落とされたキスに、彼は後ろに跳び退った。
ほんの一瞬、掠っただけだが確かに触れ合ったそれに、鋼のの顔が赤くなる。
そんな彼を見て美しいと感じる自分が、不思議でならない。粗野で我侭で子供でどう見ても男の彼に……どうしてこんな感情を抱くようになったのか。
子供らしい丸みを帯びた向くな双眸が、非難を湛えていた。
「何なんだ! アンタ!?」
「これで……君は私の事を考えでくれるだろう?」
「何だよ、それ!?」
「君の中にはたくさんの人と、たくさんの出来事が渦巻いている。今までの私はその一部でしかない。でもこれで暫く君は、弟や母親と同等……もしくはそれ以上に私のことを思い出して考えるだろう?」
自分でも驚く程真剣に語る自分がいる。第三者の視点で見ているかのように、冷静な思考で自分を認識する奇妙な感覚が違和感を拭えない。
「バ……バカかよ? アンタおかしいよ!? 正気の沙汰じゃない」
「私はまともだよ、本気で君を想ってる………好きなんだ」
「大佐!!」
これ以上聞きたくないとでも言うように、声を振り絞る彼が痛々しい。
それでも…………目を逸らす事は許さない。
「エド…………愛している」
告白とはこんなにもくるしいものだったろうか?こんな苦々しい気持ちで告げる想いは、きつと私の人生の中で最初で最後かもしれない。
「オレ……オレは」
赤らめた顔を隠すように俯く彼。一瞬たりとも目が離せなかった。見た事のない顔、見た事のない表情。
もっと君を見ていたい。もっと知りたい。
再三彼の顔に唇を落とそうとしたその時。
彼は耐えられなくなった様子で、捕らえた私の腕を振り払って出て行った。
暗い路地を走り抜ける背中が見えなくなっても、尚未練がましく扉の外を見つめ続けている自分が滑稽でならない。
ついに言ってしまった…………。
やがて夜空でも分かる程、重く垂れ込めた黒い雲が冷たい雫を降り注ぐ姿を見て思う。鋼のは振り出す前にちゃんと弟の待つ宿に着いたのだろうか?この雨に、濡れていなければ良い。
さっきまで鋼のが体を横たえていたベッドに手のひらを這わせ……口付ける。
潜り込んで彼の事を想う。目を閉じると、走り去っていった小さな背中が脳裏から離れなくなってしまった。


昼を回る頃、漸く目を覚ました私は昨夜の出来事が夢だったのではないかという、嫌な考えが過り暫し放心状態に陥った。
鋼のを想うあまり、妄想染みた夢を見た挙句起きたのが一日の大半を消費した時間では、あまりに不毛すぎる。
やり切れなくて、溜息を一つそのまま再度横になると、金糸が光るのを見付け、思わず慎重に手に取った。
長さといい、艶といい…………鋼のの物に間違いない。彼の髪の毛が私の枕に付いている………。
夢じゃない…………。
指先で弄っていた彼の髪の毛を、不意に唇に当て、彼の感触を思い出そうなどと浅ましくもがく自分の姿は本当に滑稽だとしか言いようがない。滑稽でも何でも良い……それでも思い出したいのだ。彼を……。
まるで勝算がない訳ではない。出て行く直前の彼は、顔を赤らめ混乱しているようだったが、その表情からは嫌悪の類は感じられなかった。
望みはまだある……。
カーテンを開けば雨上がりの良い天気が、惜しげもなく寝起きの私を照らし出し、思わず目を細める。
「……こんな時間じゃ、どのお嬢さんもデートにお誘い出来ないな。…………大人しく部屋の掃除でもするか」
また、鋼のがいつ気紛れに来ても良いように。
あの様子じゃ当分避けられて、またすぐに遠出をしてしまうのだろう。彼がまた戻って来た時には、改めてちゃんと言おう。
好きだって………………。

Fin



相方、笈川エイシ様からのリクでした。決して内容はヘタレマスタングって訳ではありません。ロイエド不意打ちキスって事だったんですけど…………エドもマスタングもキャラ違いすぎッスね。しかも無駄に長くて、マスタングキモくてヘタレすぎ…………。更に最後のキスは大佐避けられてましたしね(笑) 申し訳ありません。リクなのに趣味に走りすぎました(汗)
ハガレンはホント世界観難しくて、時間軸とか、内容の進み具合なんかも一切無視した作風で挑みました。だって内容絡めたら本当にボロ出まくりのグダグタになってしまうんですよ……。これ以上にね。この辺で勘弁してやってください。ちゃんと不意打ちキスになってなくてゴメンナサイ(滝汗)精進するんで許してやってください。
ちなみに笈川自身からの苦情は受け付けます(苦笑)