温かな手のひら
アベ→←ミハ
1-7にて昼休み、簡単なミーティングを済ませる阿部、花井、栄口。そして+1の水谷の姿があった。が……、幾分上の空な態度の阿部にどう対処していいものか、他の三人の気まずさがその空間にだけ充満していた。
「どうした阿部? なんか気になる点でもあるか?」
そう問い掛ける花井は、実は阿部が集中力を欠いている根本的な原因を理解しているのだが、敢えて口に出さないのはチームメイトでありクラスメイトである彼への花井なりの優しさだった。
「あ? 別にねえよ」
阿部は心底の疑問を顔に滲ませ、花井に視線を向ける。
「阿部、三橋と田島はおんなじクラスだし、田島はあんなヤツだから三橋がそれなりに懐くのも当然だろう?」
栄口が核心を突くと、僅かながら阿部が動揺の片鱗を見せた。
「な……なんの話しだよ」
「別に……。でもまさか自覚ないなんて言わないよね?気になるなら三橋に直接聞くってのも手だよ?」
「べ……別にオレは気になる事なんかねーよ」
ポーカーフェイスを装って、まだ大分時間があるにも関らず教室から出て行ってしまう阿部。
そんに阿部を花井と水谷は顔面蒼白で見送った。
「うわ〜〜〜、栄口って勇者な?」
尊敬の色を含ませた眼差しで、水谷は栄口に向き直った。
「オレ……あそこまで核心に入る気はなかったぞ?」
一方、花井はげっそりとした面持ちでこれから自らに降りかかってくるであろう心労を想像している。
「大丈夫だよ。阿部に自覚がないのは誤算だったけど、問題解決は早いに越した事ないじゃない? ましてや要のバッテリー。ギクシャクされてからじゃ、チームの全体問題にも発展しかねないし」
そう言う栄口自身、時期尚早だったかもしれないと考えている事など、眼前で気持ち悪い程めを輝かせている水谷や、苦労事は背負い込まずにいられない花井の前では口が裂けても言えないのだが。
『空が青いな』
溜息混じりにふと窓から見上げた空は、雲一つない快晴。栄口の案ずる波乱など何一つないかのように……。
「あ……阿部くん」
「おう、どうした?」
「あ…………えと、い、一緒に……帰ろ?」
「ああ。行くか?」
「うん!」
自転車を走らせながらの取り留めのない話題。ただ黙々と、でないだけ幾らかマシだ。
それでも二人だけというシチュエーションには限界があったが、すぐに家路への分岐点に着いてしまう。
「じゃ……「あ……あの……ね?阿部くん」
一旦自転車を停めた二人。別れを告げようとした阿部に、それより先に三橋によってその言葉を絶たれてしまった。
「ん?」
「もしかして今朝、お……怒って、た?」
「はぁ? なんでそう思う」
阿部の声に怒気は含んでいなかった。けれど如何せん相手は三橋……ちょっと口調を強めただけでも、肩を震わせ目を潤ませる。
「あのな〜、別に今も怒ってねーだろ?」
言いながら阿部は、まるで子供に言い聞かせてるみたいだと思った。
「ご……ごめん……なさ、い!!」
最初はこの卑屈さにイライラこそすれ、こんな保護欲が自分にあるなんて思いもしなかった。
『父性愛?このオレが……?同い年の男に?』
あり得ない……そんなはずはないのだ。
『気になるなら三橋に直接聞くってのも手だよ?』
突然栄口の言葉が思い出される。
「あー……その、なんだ? た……田島が、好きか?」
いくらなんでも直接的すぎた。阿部がそれに気付いた時にはもう……。
「え? うん」
『そ……即答!?』
三橋の答えに阿部が少ながらずショックを受けていると、すぐに三橋のから次の答えが出された。
「だって友達だもん」
「あ…………と、友達?」
落とされて浮上する。まるでジェットコースターのような目まぐるしさで、阿部は三橋の言葉に翻弄されていた。
「田島くんだけじゃ……ないよ? みん……な、チームのみんなも、友達……だと……思ってる、よ?」
「三橋……」
「あ……あとね。三星の……みんなや……叶くんとも、やっと友達に……なれたと……思ってるんだ」
やや視線を落としてどんどん声が小さくなり、最後には掠れるように聞き取れなくなってしまう。
「阿部くんの……おかげで……み、みんなと……野球楽しめるようになったんだ」
聞こえるか聞こえないか分からないやっとの声で、小さく小さく……でも確かに「ありがとう」と呟く三橋に、阿部の顔が赤く染まる。
『この感情が恋愛感情じゃないなら、何がそうだってんだ?』
「三橋、三星戦の前にオレがお前に言った事……覚えてるか?」
三橋は少しの間考えて、そして。
「いい投手?」
「そっちかよ?いや、そうじゃなくて……投手としてじゃなくてもオレはお前がスキって方」
「う……うん!!」
ゥヒッと変な声と共に、キョトンとした三橋の顔がみるみる輝き出した。
「オレはお前がス「オレも阿部君がスキだ!!」
成り行きとはいえ、せっかくの告白を当の三橋自身に奪われてしまった阿部は唖然と三橋を見やった。
「……………………オレが言いたいのは友達の意味のスキじゃなくて……そういう意味のスキなんだぞ?」
「そういう……???」
事対人関係に関して言えば、五歳児並の知識を持ち合わせているかも妖しい三橋相手に、どう言えば伝わるのか。
阿部は三星戦前にしたように、三橋の手を両手でギュッと握り胸の前へ。
「こ……恋人の意味での好きって事だ」
「…………」
『つ……通じたか?』
三橋に合わせて慎重且つ分かりやすく言葉を選んだ積もりだが……。阿部が息を飲んだその矢先、三橋の顔がこれまでにないくらい真っ赤になったのを見て確信した。
『通じた!!!?』
「あ……あ…………オレ」
「うん?」
「オレ……も、阿部くん……スキ」
「だ〜か〜ら〜ッ!!そういう意味じゃ……」
落胆に染まり阿部は肩を落とす。
「そ……そういう意味で……スキだ……オレも」
『コイツの手……あったかくなってる』
互いに顔を朱に染めて、手を取り合い見つめ合う。実に良い光景である……二人とも男子高校生という点を除いては。
「ねぇ、おかーさん。お兄ちゃん達どーしたの?」
「しッ!! 指差しちゃダメよ!? 目も合わせちゃいけません。黙って早く歩くの!!!」
幼い女の子の手を引っ張って、蒼ざめた表情の母親が早足に二人の横を通り過ぎる姿に、やっと二人だけの世界から解き放たれたように互いの距離を取った。
いくら人目につきにくい場所とは言え、公道でイチャついていればさすがに注目も浴びるだろう。
「三橋……じゃ、じゃあな」
「うん、また明日ね」
少々離れ難くはあったが、明日になればまた会える。阿部が自転車を走らせようとしたその時。
「あ……あの! 阿部……くん、これからも、よろしく……ね?」
彼らしからぬ大声が背中で響き渡る。振り返ると、やはりそこには色々な感情から興奮気味の三橋が涙目でこちらを見ていた。
「え!? ああ。よ……よろしく……」
そう言うと三橋は満足したのか何度も後ろを振り返りながら、阿部とは違う道へとやっと漕ぎ出した。
阿部は未だその場に立ち止まり、自分の右手を凝視した。
三橋の手に集まった熱が温めたのは、どうやら三橋自身の手だけではなさそうだ。
ドクッドクッと脈打つ己の心臓に手を当て、温かく解きほぐされた心の内を整理すると、やっと自分が三橋からもらった答えの実感が湧いてきた。
阿部が与えた三橋の手のひらの熱。そして三橋の手の熱により更に温められた阿部の手。
その熱はこんな心臓から一番遠い末端の循環から、徐々に……徐々に阿部の血流を伝い全身へと行き渡っていゆく。そんな事になったら、自分の頭は益々三橋でいっぱいになってしまうかもしれない。
『それも……悪くない』
今この顔も胸も熱いのは、三橋の手が温かかったから。
阿部から優しい微笑が思わず零れてしまうのは、この手のひらから始まった想いがこんなにも温かくなって返ってきたから。
ただ今は……それだけでいい。心から阿部はそう思った。
1-7ではやはり主将花井と福主将栄口。そして+1水谷。
もう一人の副主将はというと、名実共に三橋の女房役になった途端、愛しいピッチャーのもと、1-9へ足繁く通い妻をしていた。ミーティングも忘れて……。
「デキたな……」
「うん……デキたな」
「ああ完璧にデキたな」
「絶対デキたな。そしてすっかり世話女房だな、ゲンミツに!!」
そして今日は+2……。
「おわッ!!田島、どっから湧いた!?」
既に田島は花井の背中にがっしりと跳び付いていた。
「阿部が三橋んとこ押し掛け女房でイチャこきに行ったから、オレが代わりに花井にくっ付きに来た〜」
言うなり花井の頭によじ登る。
「バカ!? ヤメロー! いってぇな、つーか登んな!!重い〜」
「うっわ〜たっけぇー、花井目線だー!」
花井の頭上で喚き散らす田島は、クラス中の注目を集めていた。
「はは……あっちもこっちも微笑ましいんだか喧しいんだか」
栄口が水谷の隣で笑っていた。どうやら波乱は未然に防げたらしい。
「だなー、つーか阿部も田島相手に嫉妬するようじゃ終わりだよな。どう見たって田島は花井しか見えてないってのに」
本人がいないのをいい事に、水谷の口が軽く滑る。
「まぁ恋は盲目とは言うけどね。田島と三橋の組み合わせじゃ、どんなに目の前でじゃれられても微笑ましいってくらいにしか思えないけど、阿部にとってはそれすらも取られるって危機感が迫ってたのかも」
それに関しては栄口も異論はないらしい。
「ところで栄口……オレもアイツらイチャこきたいな〜なんて……」
伸ばされた水谷の手があと数センチで栄口の肩に触れ、いわゆる肩を抱く……というなんともラヴい状況に持って行こうとしたその時。
「水谷? 学校でアイツらみたいにバカな事したらもう口利かないよ?」
飛び切りの笑顔で告げられた栄口の脅しは、水谷の手を引っ込めさせるには十分だったらしい。
今日もよく晴れている。太陽もそんなバカップル達を見守るそんな野球日和だった。
Fin
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浅葱李唏様よりのキリリクでアベミハだったんですが……訳分かんないッスね。
特にご指定がなかったので、自由気ままにアベミハの他に、水サカ、花タジ花ってめっさ自分好みに詰め込みすぎて撃沈しました。
でもこれ、五回も書き直してこの程度なんです……こんなんで限界なんです。スミマセンがもらってやってください。
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